譜面
-六六六の獣が咆える時-
「ゲーチス。やっと分かったよ。」
「はい。」
「このままでは、ポケモンは人間にずっと傷つけられるままだ。」
「世界は変わらなければならない…。」
「こんな悲しい世界は、変えなくてはならない!」
「その通りです。N様。」
「ゲーチス、僕は、英雄になりたい。」
Nは、私に欠けた一音も手に入れた。
自ら変革をもたらす気高い一音。
完全への数式。
しかし私は、こうしてあるべき英雄像となったNを目の当たりにして、
完全とは、英雄としてのものとしか意味を為さないと確信していた。
あくまで、英雄としてのみの完全。
人間としてNは歪そのもの。
人の形をした何か。
年相応に成長した身体とそぐわぬ幼子のように無垢なる魂。
だがNは人にあらず英雄、そして王。
歪であるが故に、皮肉にもそれは人々の目に奇跡として映る。
歪んでいようと、英雄にさえなれば、それでいい。
そして来るべき日が来た。
Nはプラズマ団の真の王となり、
我等は闇より静かに歩み出る。
「我が同胞達よ、ついに光の元へ進む時を迎えました。」
「N様と共に世界に変革を!」
「ある者は言葉、ある者は行動で哀れな人々から私達の友、ポケモンを解放するのです。」
「N様は必ず伝説に伝えられる、英雄と共に戦ったポケモンと絆を結びます。」
「そしてN様が、チャンピオンを打ち破り世界にその実力を知らしめた時に」
「私達も、ポケモン達も、そして哀れな人々も、この不条理な世界から永遠に解き放たれるのです。」
プラズマ団の王城にも等しき、ハルモニアの古の屋敷。
ポケモンの力によりそれは今、
トレーナー達の王として君臨するチャンピオンの座を取り囲むように大地に潜む。
そう、チャンピオンをNが討ったその時にこそ、
王城と共に我々は世界に君臨し、
声高に人とポケモンを引き裂く!
「今戻ったよ、ゲーチス」
「いかがでしたか、外の世界は。」
「ゲーチス……僕は、僕は…本当に…」
Nは外の世界をこの目で見たいと言った。
そうすることで、Nは本当の意味の真実の一端を知っただろう。
しかしもはやその程度のことで、私がNに聴かせ続けた呪いの音は消えることはない。
そして、不条理な世界が完全な嘘でない限り、Nの信念は決して崩れることはないのだ。
「貴方の友たちを…お忘れですか。」
「……忘れるもんか。」
「迷っている暇などないはずですよ。」
「…分かってる。分かってるよ、ゲーチス…」
「僕までもが灰色になってはいけないね。」
「そうです。迷いこそが世界の腐敗させてしまったのです。」
「多様であるがゆえに、間違いが蔓延るのを許してしまったのです。」
「…そう、だね。」
それでいい。私の傀儡。
お前は父の、そして私の思い描くままに動き、
人々に甘美な支配を振り撒く。
ハルモニアの英雄の幻影となるのだ。
しかしそれは小さな不確定因子によって思いも寄らぬ終結を迎えた。
Nは敗れた。
同じく英雄として選ばれた、只のトレーナー相手に。
それも、N自らが招いた不穏因子に。
もとはこの偉大な譜面に役割すら持たない者に!!
理解できない。何もしなければ、傀儡のままでいればお前は英雄となったというのに。
傀儡でない、英雄でないお前に何の価値があるというのか!!
腹の底で燻っていた本音を聞いたNの顔を、私は覚えていない。
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