譜面
-二人目の為に-
間もなくして父は病に倒れた。
後に聞いた話では、父は遺伝病に冒されていて、
父自身も、自分が短命であることを知っていたらしい。
「お呼びでしょうか、父上。」
「……ゲーチス…」
父の衰弱ぶりは酷く、話すこともままならなかった。
「来週には…お前の嫁が…来るというのに……私は…持ちそうにない…」
「そんなことおっしゃらないでください、父上。」
「これ…を……」
父は封筒を一つ私に差し出した。
「ゲーチス……忘れるな、お前には…血が…ハルモニアの血が…流れているのだ…」
「はい…」
「そして…それは…お前の子にも――ゴホッ!ゴホッ!!」
父は激しく咳き込んだ。
「父上…!」
「もう…下がりなさい……」
「…はい、失礼します。」
そして父は、息子とその妻が並ぶ姿を見るのも待たずに、この世を去った。
後日、父から与えられた封筒を開けた。
それは、私の子、新たな英雄の種子へと向けられたものであった。
与えるべき教育、環境について極めて詳細に、綿密に記されていた。
それはまさに、英雄の設計図。
そして私に向けられた文面は、
「子を必ず英雄にしなさい。」
震えた文字で、これだけ記されていた。
「はい、父上。」
例え亡くなろうとも、私は父の期待に応える、今度こそ応える、それだけなのだ。
そして、父の葬儀の席で私は妻に初めて出会った。
「初めまして、ゲーチス様」
「…申し訳ない。私は父から貴女のことを、何も聞かされていないのです。」
「無理もありません。どうか気になさらず…。」
のちに知ったが、彼女の家は決して大きな財力は持っていなかった。
しかし学問の世界においてその名は広く知れ渡り、各分野において多くの博識者と繋がりを持っていた。
それに父が目をつけて、彼女を選び出したであろうことは容易に類推できた。
私が気掛かりであったのは、父が彼女にどこまでハルモニア家について話したのか。
事実を…、彼女は私の子を産むためだけに妻に選ばれたことを、彼女は知っているのか。
そんなことを思いつつ、彼女との日々を過ごした。
来るべき日まで。
父は、子の誕生日さえも英雄となるために定めたのだ。
ある日、いつも通りの静かな面持ちで妻が言ってきた。
「…貴方には何か、大きな目標があるのでしょう…?」
「…ああ、そうだ。」
「それにとって私は、とても重要なもの、なのですね?」
妻は、何か確信を持ったような口調であった。
「…ああ。」
これまでの素行から、妻はとても鋭い感性を持っていると分かっていた。
何も言わずとも、父がいくらか事実を伝えていようとも、妻は自分の立場にそれとなく気づき、
こうして私に、答えを問おうとしているのだろうと思った。
「………」
しかし妻は私を見つめたまま、何も言わなかった。
「…どうした」
「……どうか、そんな辛そうになさらないでください。」
「…私が、辛そう…と……?」
私は、微塵もそのつもりはなかった。
妻に言われなければ、気づきもしなかった。
「私は、少しのことしか知りません。貴方もきっと言うつもりはないのでしょう。」
「……」
「ですが私は、どんな真実でも、貴方にとって大切な存在であるなら、幸せなのです。」
「……!」
「いいのです。これで」
「………」
そして妻は、それ以上は何も言わなかった。
私は、妻に申し訳なく思っていたのか。
それは何故?
少なくともそれは、「父に求められたから」のものでは、ないはずだ…。
この感情こそが、私を完全にするための数式、法則…なのか。
その時、不思議とそう思えた。
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